ある事情を抱え、40歳後半まで独身を貫いてきたイケメンの坂本(仮名)君から突然、結婚するとの知らせが届いた。
年収2000万円を超え、竹を割ったような性格のナイスガイに一体何が起きたのか?
「こんな高価で素敵なものを男の人からいただいたのは初めてです」
手紙にしたためられたこの言葉。
独身のナイスガイは、この一言に参ってしまったのだと言う。
相手はかなりの美人だから、これまで男性から贈り物をもらったことがないなんてあり得ない。
それは坂本君だって重々承知している、だが『・・・・・初めてです』にすっかり心を奪われてしまったのだと言う。
それほど人は『初めて』の言葉に弱いのです、特に男は。
結婚する二人を私は両方ともよく知っています。
イケメンの坂本君はフィットネスジムにマシーンからトレーニングに関わる小物などを納品する会社を経営し、堅実な運営は上々の評判です。
女性は由美子(仮名)さんと言って、こちらはフィットネスジムにインストラクターを派遣する会社の社長です。
二人は仕事柄これまで何度も会うことはありましたが、特に親しい間柄ではありませんでした。
急接近したのは高級会員制フィットネスクラブのゴルフコンペです。
同じ組で回った二人はコンペの表彰式でも同じテーブルに座ったのですが、坂本君が見事優勝します。
賞品の包みをその場で開けてみると、女性用の小さなバッグが出てきました。
あまり聞かないブランドですが、かなり高級そうなバッグです。
坂本君はしばらく手に取り、あれこれ見ていましたが会の終了間際に、向かいに座っていた由美子さんにバッグを差し出して
「これもらっていただけません」。
「いえ、そんな折角頂いたもの、私がもらうわけにはいきません。どなたか知り合いにあげて」
「いやー、俺上げるような人いなんだよなあ」
押し問答をしていたのですが、同じテーブルにいた同伴者の男性二人が「もらってあげなよ」と勧めるので、由美子さんは思わず手を出したようです。
由美子さんはそのお礼に坂本君の会社にワインを送りました。
ゴルフコンペのパーティーでワインを注文していたのでワイン好きなのだろと思ったようです。
贈られたワインの小包には短い手紙が同封されていました。
そこにつづられていた一言が坂本君の心を騒がせます。
「こんな高価で素敵なものを男の人からいただいたのは初めてです」
『初めて』この言葉が、その日から坂本君の頭と心を離れません。
坂本君は由美子さんへお礼の電話し、恐る恐る食事に誘いました。
意外にも簡単にOKをもらい、坂本君は逆にソワソワ。
5日後、二人は串揚げ店のカウンターに並んで座っていました。
2011年に解体され今はもうありませんが、かつて千代田区紀尾井町で営業していた、西武鉄道系の赤坂プリンスホテルの地下にあったお店です。
この串揚げ店は客の目の前で串を揚げ、味も雰囲気も抜群でワインも美味しい。
料金もそれほど高くはなく、坂本君のお気に入りでした。
そして、坂本君はこの店でも由美子さんの繰り出す言葉のパンチにKO寸前になってしまうのです。
「美味しいですね。こんな素敵なお店、初めてです」
食事が終わり店を出ると、両手で持ったハンドバッグを体の前にして深々と頭を下げて「ありがとうございます」。
タクシーに乗る時も同じように丁寧にお辞儀をした。
「こんな素敵なお店、初めてです」
この言葉にすっかり参ってしまった坂本君でした。
しかも、とてもうれしそうに食事に付き合ってくれて、帰り際の礼儀正しさと心のこもった「ありがとう」の言葉。
坂本君にとっても、これほど素晴らしい女性は『初めて』だったようです。
人が変わったような坂本君の猛烈なアタックが功を奏し、40歳を過ぎた二人は結ばれたのです。
それで気になるのが、彼の抱えていた事情です。
いや、いやこれについては由美子さんと付き合いだしてから、簡単に解消されました。
坂本君は埼玉県で地場産業を営む旧家の次男坊で、慶応大学を卒業しています。
大学時代から付き合っていた恋人がいて、卒業と同時に結婚する約束を交わしていました。
しかし、結婚式の段取りもすべて整い、披露宴の案内状を出す寸前で彼女から「結婚できない」と言われたのです。
理由も言わず突然の断り。
坂本君はパニックになってしまいます。
誰か他に好きな男ができた、などということは全く考えられない彼女でした。
しばらく経って思い当たったのは、自分の家族に原因があったのではないかということです。
父はそれほどでもないが、母親は旧家を守るという意識が非常に強い人です。
そのことに関して自分のいないところで彼女が何か言われたのだろうと、考えるしか理由は見つからなかったのです。
結婚後は一緒に住むわけでもないのだから、自分に話して欲しかった。
なぜ理由をはっきりと話してしてくれなかったのだろう?
このことが彼を結婚から遠ざけたのです。
これは、事情というよりはトラウマという奴に近いのだろうと思われます。
その後、女性との付き合いはまったくないというわけではなかったが、どうもうまく付き合いなかったのは事実でした。
しかし、由美子さんと付き合うようになってトラウマなんて、はるかシベリアの彼方へ飛んで行ってしまったようです。
大学を卒業したばかりの当時とは、自分を取り巻く環境が全く違っていることも坂本君の決断には追い風になりました。
家業は兄が継ぎ、自分は独立して会社経営も順調だ。
実家には一切頼る必要がないから、入籍してから報告しようと決めたのです。
素敵な女性は、男のトラウマなど一発で解消してくれるから素晴らしい。
いや、心理学者のアルフレッド・アドラーはこのようなことを言っています。
「人にトラウマなど存在しない。過去を例に出して、やりたくない理由を探しているだけだ」
人によってはかなりショッキングな言葉ですが、少なくとも坂本君には当たっているかもしれません。
もう一つ気になるのが、由美子さんのことですね。
そんなに美人で性格も良く、男を虜にする言葉がごく自然に口をついて出る女性が、なぜ40歳過ぎまで独身を貫いたのか?
その理由を私はよく知っています。
実は由美子さんを私に紹介したのは、彼女のお父さんでした。
私は都心近くの一等地にあるフィットセスクラブに深い関りがあったのです。
それを知っていたお父さんが、娘の仕事にプラスになればと思い私に会わせたのです。
お父さんのことはかなり前から知っていたし、彼女も間違いない人だと判断できたので、フィットネスクラブに出入りできるよう便宜を図りました。
そうです、例のゴルフコンペを開催したフィットネスクラブです。
しかし、お父さんは病気で急逝します。
由美子さんは近所でも評判の美人三姉妹の真ん中で、男の兄弟はいません。
姉も妹も嫁いでいて、独身の由美子さんは両親と同居していました。
必然的に一人残されたお母さんの面倒を見なければならなかったのです。
お母さんはあまり身体が丈夫ではなく、お嬢様育ちなのでとても一人で生きていけるタイプではありません。
由美子さんが独身だった理由は、それが一番大きいと思われます。
インストラクターの派遣が順調だったころは、経済的にも困ることはありませんでしたので、結婚を焦る理由もなかったのでしょう。
しかし、フィットネスのトレーニング方法はかなり変化が激しい。
自身がエアロビクスのインストラクターだった由美子さんは、エアロビクスの派遣から始めたのですが、フィットネスの変化にはかなり苦戦していたようです。
それもあって、結婚へ気持ちが傾きかけていたところに、坂本君のタイミング良いアプローチがあったのではないでしょうか。
しかし、あとで聞いて驚いたことがあります。
二人は結婚後、都心から少し離れた郊外のマンションに新居を構えました。
由美子さんのお母さんは、すぐ近くある1LDKのマンションへ引っ越ししたのです。
由美子さんは自分の会社をたたみ、坂本君の会社を手伝うことにしたようです。
お母さんの家賃も生活費もすべて、坂本君が面倒を見てくれていると聞きました。
こんな条件を出されては、由美子さんも結婚を躊躇する理由はなかったことでしょう。
スゴイですねえ。
女性の「初めて」がこんなに威力を発揮するなんて。
そいえば、稀代のプレーボーイで人類史上最高のモテ男と言われた、あのカサノヴァも言っていました。
「男は最初の男になりたがり、女は最後の女になりたがる」
う~ん、ちょっと意味が違うかな。
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